2007年10月25日

スクエア論 3

R0153361
言い訳になりますが、これは酔っ払って、思いつきで作ったもので章立てみたいなものも考えずに思いつくまま、つじつまを合わせながら書いたものです。
ということもあって、かなり短絡的というか話の跳躍が色々とあります。
恐らく、誤字脱字もあるのではないかと思います。
酔っていてもそれがわかるくらいなので、酔っていない時に読んだらちょっと酷い文章ではないかと思います。
ということで人目につくようにするにはどうかとも思いますが、せっかく書いたのと新しいのがでるまでのつなぎにと思った次第です。前回分を少しまとめると、実用としても表現としてもスクエアフォーマットは選ばれることがある。
実用の面では撮影段階では1:1ではなかったものをトリミングしスクエアにすることで1つの画面(紙面)の中に写真を配置するとき扱いやすい。
表現の面では撮影段階からスクエアを選択していることから1:1の画面の中での構成、スクエアでの構図が表現意図に適している。

どうして雑誌などの紙面でスクエアが使われるのか、もう少し考えてみたいと思います。

スクエアは縦と横が同じ長さなので視線の一枚の写真の中で流れを作りにくいということは既に述べました。
漫画では視線の流れるコマでテンポを作り、視線の止まるコマで盛り上げる、これも既に述べました。
雑誌の紙面も同じようにテンポを作る部分と盛り上げる部分があると考えられます。
例えば盛り上げる部分に視線の流れないスクエアの写真を使う。
これは1ページの中に、もしくは見開きの中に1枚だけスクエアの写真が使われている場合です。
もし1ページの中に沢山のスクエアが使われている場合はどういった理由なのでしょうか。
沢山使われているということから盛り上げるために使われているのではなく、流れを作るためだろうと考えられます。
したがって、スクエアは視線を止めないという側面も持っているのです。
視線を止めないためには巧みなレイアウトが必要であるが、スクエアは配置しやすい、自由度が高いことがそれを助けていると言える。

続く
posted by gr-digital.net at 16:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 b_entry.gif
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック