2022年11月23日
「目のまえ感」と「撮ってる感」
今回「目のまえ感」というタイトルをつけました。
目の前を撮っているのは当然なのに、目の前を撮っている感じがないような気がしてそうしました。
目のまえ感を損なっているものはなんだろうと考えた時、撮っている感ではないかと仮定しました。
今回は「撮っている感」を排除することで「目のまえ感」を出そうと考え、写真を撮り選びました。
具体的に「撮っている感」を排除する方法の一つに両手を写しました。
普通は右手でカメラを使います。左手に何かを持って右手でそれを撮影します。
これは「撮っている感」ではないかと考えました。
そこで両手を写すことで「撮っている感」を軽減できるのではないかと考え、それを1枚。
他には撮影している、カメラを構えている右手の影が写っていない影の写真を多く構成しました。
右手でカメラを構えれば当然影になります。両手を写すことと同様に、カメラを構えている右手の影を排除することで「撮っている感」の軽減を図りました。
結果、「目のまえ感」が出ていたのかというと、難しかったかなと思います。
「目のまえ感」を損なうものを「撮っている感」とする仮定に無理があったようです。
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